5A:THOUGHT

02/02 03:20:35
『「他人」よりも「知人」が怖い』

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うつ病と診断されてからもうかなり経つのだけど、最近、ようやく自分のウツの原因、というか本質的な部分がわかってきた。わかってきたといっても、それは大きな大失敗を代償としてのものだったのだけども。
自分の場合、「他人」よりも「知人」との付き合いが大きなストレスになるようなのだ。本当に「他人」ならばそれなりにわりきって付き合いができる。今やっている派遣型バイトだって、毎回違う職場、違う仕事仲間だからそれなりに続けられているのだが、これが「知人」となってしまうと話は変わってくるのだ。所詮フツーの人に言わせてしまえば「それは単なる強迫観念だよ」ということになるのかもしれないが、「他人」が「知人」になった瞬間、いろいろと考え込んでしまうのである。

・あの人は自分のことをどう思っているのだろうか?嫌われている気がする。
・自分は期待に応えられているのだろうか?応えられているような気がしない。
・自分はこの輪の中にいなくてもいいんじゃないだろうか?
・自分がいなくても世界は回るんじゃないだろうか?

こういう考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えの繰り返し。気持ちだけのレベルであれば、まだ打ち消すことができたこともあるし、強い気持ちでいかねばという精神力も残っていたのだけど、精神面だけでなく体調面にも悪影響が具体的に出るようになってからは、その気持ちも失せて、すっかりダメになってしまった。吐いたり、めまいがしたり、人としゃべろうにも舌が回らずウマくしゃべることができなかったり、眠くて起き上がれなかったり。精神力でカバーしようにも、どうにも体がウマく動かないのだ。
結局「参った」と思ったときには既に「大失敗」をしてしまったあとで、全てが後の祭り。去年までやっていた文章書きの仕事で、ボクは起き上がることができず、仕事をすっぽかし、すっぽかしたことによるショックからその後も相手の連絡にも応える気力もなく、「失踪」のような形を取ってしまった。

「知人がストレスになる」。フツーの人には信じられないかもしれない。ボクも初めは信じられなかった。けど、今となっては理解できる。知人はいちいち気をつかわなければならない(ような気がして仕方がない)。知人とは距離が近いのに、ボクはその知人の内面をほとんど知らない(これは妄想ではなくフツーの社会においても事実だろう)。その知人はボクのどんなことを知っているのかわからない(都合の悪いことならボクの前でその話題を出すことはないのだからなおさら)。こういう考えが「強迫観念」だということは頭の片隅で理解できるのだけれど、それが精神面だけではなく体調面にまで影響を及ぼすことを身を以って実感してしまうと、さすがに現実のものとして受け止めざるを得ない。

ただ、「知人」が「友人」にレベルアップすれば話は変わってくる。自分のことを理解してくれてるなと感じる人(勘違いかもしれないけれど)、自分のことを理解してほしいなと感じる人(これも勘違いかもしれないけれど)は知人から友人になりうる。「知人」と「友人」の差は人それぞれ考え方があるだろうけど、ボクの考える差はこれだ。ただ、ボクが「友人」だと思っている人が、必ずしもボクのことを「友人」だと考えているとは限らないけど、少なくともボクだけの視点だけで見れば『「友人」だと思い込むことができている』時点で、その人はボクの友人だ。こういう人、または「他人」が今のボクの勇逸の心の安らぎになっている現状は、寂しくもあるけど、これはこれでまだマシかなと思う。安らげる相手がいなくなってしまったときには、どうなってしまうかわからないけど。

ウェブ上には「他人」が溢れている。だからボクはこうして、わずかでも精神状態の均衡を保っていられるのだ。「個人」でサイトを運営する限りは、自分のサイトの中での範囲であれば、他人のことを考えたり、余計な気を使ったりする必要もない。しかし、その「他人」が「知人」になってしまったときのことを考えると、とても怖い。おそらく、ボクはまた上に書いたような負のスパイラルに陥ってしまうだろう。そうならないように、「知人」を増やさないようにウマく距離を保って運営していくのが、このサイトの方針のひとつだったりする。もちろん、この状態をいつまでも続けたいわけではないので、少しずつ、自分の体調を見つつ、距離を縮めることができればなと思う。そしていつの日か、また、あたりまえにフツーの距離で、ウェブ上でも現実でも人と付き合っていければいいなと。
ちなみに、上に書いた「すっぽかしで大失敗」のところには、半年経ってからようやくお詫びのメールを入れたが、返信はなかった。まぁ、一般社会の常識的に考えれば、怒って当然だよね。半年て。もしも許してもらえる日がくるならば、そして自分がその社会のあたりまえのストレスに適応できる日がきたなら、その世界にもまた戻りたいな、戻れればいいなと思う。今はまだ、我慢のときだ。そう言い聞かせるしかない。だからこそ、今やれることを全力でやらなければならない。
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